であいとわかれ

2015.10.21.08:02

人生は「であいとわかれ」

鮮烈にその事を我に刻んで

潔くも故郷へ帰っていった命ひとつ。

出会ったときが、別れのはじまりでした。

その間、約一年

病と闘い、病と生き

そして病を受け入れた尊き姿。

「死に直面しています」そう彼女が言った時

憂いているのは自身の死後の世界ではなく

自分が居なくなった後のこの世界のことでした。



死にゆく者は、生いている者に

音のない問いを静かに投げかけ続ける

生きる者はそれを心の耳で聞かなければならない



そしていつか

その悲しみの場所に

美しい華が咲く事を祈る

合掌する手のひらのような

無垢な華が

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2015.10.28.22:04

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Re: ありがとうございます。

2015.10.29.07:30

鈴木様、コメントをありがとうございます。
眞智子ちゃんのお友達の方ですか?
本当に辛いお別れでしたね。
1年前に病気のことを教えてもらい、眞智子ちゃんとは対話をしておりましたが、充分なことが言えずに眞智子ちゃんには申し訳なく思っています。
せめて、眞智子ちゃんとのお別れから、有縁の方々(自分も含め)が、学ぶべきこと、自身の人生に生きてくるおしえ、勇気を持って困難を受け止める清さ、生死を超えた精神のつながりなどを獲得できる事を、これからの使命として言葉を発していきたいと思っております。悲しいお別れを仏さまとの出遇い(この身の事実に立ち戻る教え)に結びつけることが、これからもずっと眞智子ちゃんを諸仏のひとり釈尼眞照(優しく慈悲の光を放つ仏様)として、本当に手が合わさっていくことにつながっていくのだと思います。
これからもお付き合いをよろしくお願いいたします。

合掌 釈 良忍


> お通夜の際「眞智子ちゃんは私達より先に病苦を経験し、その姿を見せてくれた先生です。」と説いて下さった言葉が頭から離れません。そしてこのブログを拝見し涙が止まりませんでした。マチがこのような想いを持って下さっているお寺様に送って頂き、安心しました。マチが命を懸けて教えてくれたことを忘れずに生きていこうと思います。上手く言えませんが、お寺様のお言葉が心に沁みこみ胸が一杯です。マチの傍にいて下さり、ありがとうございました。

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2015.10.31.23:36

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2015.11.01.20:05

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Re: 再び…です

2015.11.01.23:14

亡くなられた眞智子ちゃんと出遇うということは、具体的には単なる思い出というより、未来から声をかけてくれるような印象です。僕たちより先に僕たちが通る道を通った人は、過去ではなく未来の人でしょう。未来から現在の僕たちにいろいろ教えてくれる。未だ来たらぬ事を油断なく頭に置いて生きて欲しいと。
個人的な印象ですが。
ぜひお越しください。土曜日は宿泊もできるカフェなので、ゆっくり飲みながらお話ししましょう。


> お忙しい中、貴重なコメントを頂き、ありがとうございました。ブログもコメントも何度も読みたくなりました。これで3回お話を聞けたのですが、びっくりするくらいのパワーで私の中に入ってきて思わず、またまたコメントを書いてしまっています。これもマチが何か大切なことを気づかせてくれたのですね。マチは優しく慈悲の光を放ってくれているのですね。折にふれ、マチに会いに小浜へ行こうと思っています。ぜひカフェwatotoにも立ち寄らせてください。ほっこりできそうですね。機会があれば、また尊いお話を聞きたいです。ブログを教えてくれた紀子さんにも感謝です。
> ありがとうございました。

Re: タイトルなし

2015.11.01.23:38

コメントをありがとうございます。

私も同じように眞智子ちゃんから聞いていました。「残された家族のことが心配」だと。
本当にそう思っておられたと思います。何度もそう聞きました。辛かったでしょうね。眞智子ちゃんも「この病気になったのは、私の行いが悪かったからでしょうか?」という問いを一度だけ投げかけてくれました。どういう意味があるのかと。
私は、人はもともと意味を持って生まれてきているとは思っていません。懸命に生きたその後に「こういう意味があったんやなぁ」としみじみ噛みしめるものなのかもしれませんね。眞智子ちゃんの人生の意味をしみじみ噛みしめるのは我々の役目です。
きっと、燃え尽きるほどに激しく燃焼し、炭になってまでまわりに熱を伝えるかのような人生でしたね。
眞智子ちゃんが「起こることは必然」とおっしゃってたのは、すべてを受け入れる謙虚な心があったからだと思います。悪いことも辛いことも悲しいことも、私に必要な出来事だったんだという心の境涯。
僕は、どちらかというと全ては偶然だと思っています。必然なのは、「私たちがいずれ歳をとって終わりを迎える日が来る」ことを言うのかと思っています。
眞智子ちゃんの行いが悪かったのではなく、時間と空間を超えて数かぎりない巡り合わせの中で病気に出会うという果を得てしまったということのでしょうか。個人の行いがその個人にだけ結果をもたらすほど私たちの人生は単純ではないようです。
眞智子ちゃんは大きな問いを残してくれました。
これからそれを尋ねていく長い道を歩いて行きましょう。


> 21日のブログ、鈴木さんとのコメントのやり取りを拝読させていただきました。
> 眞智子さんが生前に「死ぬ覚悟はできたけど家族と別れて一人で行くのは怖い」と仰っていたのを思い出しました。その時は『旅立つ恐怖』と感じていましたが、実は眞智子さんはご自身よりも残さ方々の想い、悲しみを心配して「怖い」と仰っていたのかな、と改めて感じました。
> この一年、何故眞智子さんが病気になるのか!?という問いが解けなかったのですが、
> 病気を周りの人より早く経験することで私達に道を示して下さったということなのですね?「起こることは必然」これも眞智子さんの口癖でした。
> もっと眞智子さんとお話ししたかったです。
> 遠方在住の為、残念ながら頻繁には近くでお参りすることがなかなか出来ませんが、遠くから手を合わせることで眞智子さんに感謝の想いを届けたいです。
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福井県小浜市
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電話:0770-56-3893
定休日:木・日・たまに土
時間:11:30〜18:00
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